石灰沈着腱板炎
1. 要点
- 定義: 肩を支える腱板の中にリン酸カルシウム結晶(石灰)が沈着し、炎症を起こす病気です。
- 症状: 突然の激痛で腕が動かせなくなる「急性型」と、鈍い痛みが長く続く「慢性型」があります。40〜50代の女性に多く発症します。
- 受診目安: 夜も眠れないほどの激痛がある場合や、1週間以上痛みが引かない場合は、早めに整形外科を受診してください。
2. セルフチェック
以下の項目に多く当てはまる場合、五十肩ではなく「石灰」が原因の痛みの可能性があります。
☑ 夜中に突然、肩に火がついたような激痛が走り目が覚めた
☑ 痛みで腕を少しも動かすことができず、着替えもままならない
☑ じっとしていてもズキズキとうずくような痛みがある
☑ 過去に「肩に石がある」と指摘されたことがある
☑ 40〜50代の女性である
☑ 痛み止めを飲んでも、ほとんど効果を感じない
☑ 腕を横から上げようとすると、途中で「ゴリッ」と引っかかって痛い
【注意:すぐに受診が必要なサイン(赤旗)】
以下のような場合は、細菌が入って膿が溜まる「化膿性関節炎」などの緊急疾患の可能性があります。夜間・休日を問わず救急受診を検討してください。
- 肩全体が赤黒く腫れ上がり、熱を持っている
- 37.5度以上の発熱を伴う激痛がある
- 痛みが強すぎて冷や汗が出る、意識が遠のく(ショック状態)
3. 症状
石灰沈着性腱板炎は、石灰の状態によって症状が劇的に変化します。
急性期の激痛(発症〜数週間)
腱の中で石灰がドロドロのミルク状になり、内圧が高まることで周囲に強い炎症を起こします。「焼けつくような」激痛で、夜間は一睡もできないこともあります。
慢性期の疼痛・可動域制限(数ヶ月〜)
急性期を過ぎると石灰は硬いチョーク状(粉状)になります。激痛は治まりますが、硬くなった石灰が腱板の中で盛り上がり、腕を動かすたびに周囲の骨や靭帯と擦れます(インピンジメント)。結果として、腕を上げると痛い、エプロンの紐が結べないといった動作時痛が続きます。
4. 自然経過
この病気は、典型的には以下の3つのサイクルをたどります。
1. 形成期
石灰が少しずつ沈着する時期。痛みは軽いか、無症状です。
2. 吸収期(一番痛い)
体が石灰を異物として認識し、溶かして吸収しようと血管を増やして攻撃を仕掛ける時期です。この「溶ける時」に猛烈な炎症と激痛が生じます。
3. 石灰化期(慢性期)
吸収されきれなかった石灰が硬く残る時期です。痛みは鈍くなりますが、物理的な邪魔(ひっかかり)として残り続け、五十肩(関節拘縮)に移行することもあります。
5. 原因
なぜ腱の中に石灰ができるのか、完全なメカニズムは解明されていませんが、以下の説が有力です。
腱の低酸素・血流障害
肩の腱(特に棘上筋腱)はもともと血流が乏しい場所であり、デスクワークや使いすぎによる圧迫で血流が悪くなると、腱の細胞が軟骨のように変化(化生)し、石灰を作ると考えられています。
ホルモンバランス・加齢
40〜50代の女性に多いことから、女性ホルモンの減少や腱の老化が関与している可能性があります。
病的な血管(モヤモヤ血管)
近年の研究では、痛みが長引く部位には、石灰を吸収しようとして集まった「異常な微細血管(モヤモヤ血管)」が居座り続け、神経を過敏にさせていることが報告されています。
6. 検査
石灰の有無と、腱の状態(切れていないか)を確認します。
超音波(エコー)検査
レントゲンには写らない小さな石灰や、石灰の性状(柔らかいか硬いか)を確認できます。また、炎症に伴う血流増加(ドプラ反応)を見ることで、今まさに炎症が起きているかを判断します。
レントゲン検査
最も基本的な検査です。上腕骨の頭の近くに、雲のような、あるいははっきりとした白い影(石灰)が写ります。
MRI検査
石灰の広がりや、腱板断裂(腱が切れている状態)を併発していないかを詳しく調べます。
7. 鑑別疾患
肩関節周囲炎(五十肩)
レントゲンで石灰が写りません。ただし、石灰性腱炎の後に五十肩になることもあります。
腱板断裂
腕を自力で上げられない(脱力)ことが多いです。MRIで診断します。
化膿性肩関節炎
発熱や全身の倦怠感を伴う緊急疾患です。
8. 一般治療(標準治療)
痛みの強さと時期に合わせて治療法を選択します。
薬物療法(急性期)
ロキソニンなどの消炎鎮痛剤(NSAIDs)や、胃薬の一種(シメチジン)が石灰の吸収を助けるという報告があり、処方されることがあります。
注射療法(急性期〜亜急性期)
ステロイド注射: 炎症を強力に抑えるため、滑液包内に注射します。激痛には非常に有効です。
穿刺吸引(ポンピング): エコーで見ながら注射針を石灰に刺し、麻酔薬を使ってドロドロの石灰を洗い流す処置です。内圧が下がり、痛みが劇的に引くことがあります。
体外衝撃波(慢性期)
硬くなって吸収されない石灰に対し、体の外から衝撃波を当てて石灰を砕き、吸収を促す治療です。
リハビリテーション
痛みが落ち着いた後は、固まった関節をほぐし、肩甲骨の動きを良くする運動療法が必須です。
9. 手術適応
ほとんどは保存療法で治癒しますが、以下のような難治例では手術(関節鏡下石灰摘出術)が行われます。
☑ 保存療法を数ヶ月続けても激痛が続き、日常生活や仕事に支障がある場合
☑ 石灰が巨大で腱板を突き破りそうな場合や、神経を圧迫している場合
☑ 腱板全層断裂を合併している場合
10. 他治療との比較
| 治療法 | 目的 | メリット | デメリット |
|---|---|---|---|
| ステロイド注射 | 強力な消炎 | 即効性があり、急性期の激痛に著効。 | 頻回に行うと腱が脆くなるリスクがある。 |
| 穿刺吸引 | 石灰の減量 | 内圧を下げ、即座に痛みを緩和。 | 石灰が硬い場合は吸い出せないことがある。 |
| 体外衝撃波 | 石灰の破砕 | メスを使わずに硬い石灰を治療できる。 | 多少の痛みを伴う。複数回の通院が必要。 |
| 手術 | 根本的除去 | 確実に石灰を取り除ける。 | 入院やリハビリ期間が必要。 |
| カテーテル治療 | 炎症血管減少 | 慢性炎症の元を断つ。日帰り可能。 | 自費診療。石灰そのものを消すわけではない。 |
11. 当院の治療
当院では、標準治療で痛みが取れない「慢性化した石灰沈着性腱板炎」や「再発を繰り返すケース」に対し、血管内治療の技術を応用した治療を行っています。
運動器カテーテル治療
慢性的に痛む石灰の周囲には、炎症に伴う「モヤモヤ血管(異常血管)」が増殖しています。
カテーテル(極細の管)を用いてこの異常血管だけに薬剤を流し、血管を塞栓(詰める)することで、しつこい炎症を鎮静化させます。
- 対象: 1ヶ月以上痛みが続き、注射やリハビリで改善しない方。
- 効果: 炎症が消退することで痛みが軽減し、結果として石灰の吸収が促進されることもあります。
ハイドロリリース(注射)
エコーガイド下で、硬くなった組織や癒着している筋膜に生理食塩水等を注入し、動きを滑らかにします。拘縮(関節が固まること)が主な原因の痛みに有効です。
※これらの治療は医師の診断に基づき提案されます。
12. 向かないケース
☑ 急性期の激痛: 発症直後で石灰がミルク状の時は、まずはステロイド注射や穿刺吸引などの標準治療が優先されます。
☑ 巨大な石灰・重度の断裂: 物理的な圧迫が強すぎる場合は、手術で取り除く必要があります。
☑ 感染症の疑い: 発熱や強い腫れがある場合は対象外です。
13. 治療後の経過
治療直後
カテーテル治療や注射の後、一時的に重だるさが出ることがあります。
数週間~1ヶ月後
異常血管が減るにつれ、徐々に痛みが和らぎます。この時期にリハビリ(ストレッチやインナーマッスルトレーニング)を併用することで、肩の機能回復が早まります。
14. リスク・副作用
☑ 内出血・疼痛: 治療部位に青あざができたり、数日間痛みが増したりすることがあります。
☑ アレルギー: 造影剤や使用薬剤によるアレルギー反応が稀に起こります。
☑ 再発・残存: 痛みが消失しても画像上の石灰が残る場合があります(無症状であれば問題ありません)。
15. FAQ(よくあるご質問)
16. 症例リンク
17. 関連ページ
18. 監修者情報
福岡ペインケアクリニック院長
- 資格: 内科専門医/日本医師会認定健康スポーツ医
- 専門領域: 循環器内科医として培ったカテーテル技術を活かし、長引く痛みへの「運動器カテーテル治療」を専門に行う。
- 経歴: オクノクリニック・ながさきハートクリニック等を経て現職。標準治療で改善しない難治性疼痛の治療に取り組んでいる。
19. 参考文献
- 日本整形外科学会 診療ガイドライン委員会 編. 肩関節周囲炎診療ガイドライン.
- Okuno Y, et al. Transcatheter arterial embolization for resistant shoulder pain. J Vasc Interv Radiol. 2017;28(2):281-289.
- Suzuki K, et al. Redness of the shoulder as a sign of calcium pyrophosphate dihydrate crystal deposition disease. J Orthop Sci. 2014.
- Depalma AF. Surgery of the Shoulder. 3rd ed. JB Lippincott; 1983. (石灰沈着性腱板炎の病期分類)
- Louwerens JK, et al. Evidence for inflammation in patients with calcific tendinitis of the shoulder. Rheumatology (Oxford). 2015.
九州ペインケアネットワーク
Kyushu PainCare Network
福岡ペインケアクリニックと、ながさきハートクリニックは、 モヤモヤ血管治療が受けられるクリニックで、同水準の治療とサポート体制を提供しています。


